神戸家庭裁判所 昭和38年(少ハ)4号 決定 1963年11月08日
本人 Y(昭一七・七・一八生)
主文
上記の者に対する昭和三八年少第四三〇〇号虞犯保護事件につき、当裁判所が昭和三八年一〇月四日なした保護処分決定は、これを取消す。
理由
上記の者(以下便宜上少年と略称する。)が氏名「神○広○」生年月日「昭和二一年一月一日」として就籍し、更に上記保護処分決定を受けるに至つた経過等については同決定ならびに少年調査記録参照のこと。
少年は同保護処分決定にもとづき、中等少年院加古川学園に収容されていたが、同学園には、かつて群馬県赤城少年院に勤務したことのある法務教官植松清義が在籍しており、同教官が少年の容貌に記憶があつたことから不審を抱き、追求の結果、少年は、同保護処分決定時にはすでに満二〇歳に達しており自己の氏名、生年月日等は本決定冒頭記載のとおりであり、それまではそれらを秘していたこと、昭和三二年頃赤城少年院に在院したこと等を申し立てるに至つた。そこで同学園においては少年の陳述にもとづき、本籍照会をなし、戸籍謄本を取り寄せ少年の申立が真実であることをほぼ確認したうえ、実母島○サ○(横浜市在住)に少年の写真を送付したところ、同人は少年が自己と従前の夫樗○○登との間の長男であることを確認した。
当裁判所は、さきに少年に対し保護処分決定をなすにあたり、警察庁等に対する指紋照会(姫路支部において施行)等によるも、少年の氏名年齢等に関する陳述の虚偽を発見しえず、少年に対し審判権を有するものと認めたものであるが、このたび、上記のとおり、少年はその当時すでに成人に達しており、少年に対し審判権がなかつたことを認めうる明らかな資料を発見したので、少年法第二七条の二第一項に従つて主文のとおり決定する次第である。
(裁判官 尾方滋)